月夜見 “北風こんこん?”
         〜大川の向こう より


今年は本当に何だか妙な気候ばかりが続いており。
夏場の酷暑は殊に記録的だったもんだから、
それが尾を引いた秋もまた、何だか妙な案配で。
時々 暦を思い出したようにどんと秋めいても、
気がつきゃあ、
何か暖かすぎないか?と腕まくりをするほどの、
薄ら暖ったかい日が続き。
その暦が冬へと入れ替わり出してからも、
朝晩はともかく、昼間のうちは、
上着はまだまだお荷物になるよなお日和も多くって。

 「ホントにもう、
  公園のあっちこっちに
  カーディガンとか上っ張りとか、
  置きっ放しになってるんですものね。」

小さい子供らはどうしても、
遊びに夢中になると、
その前に持って来ていたものなんて、
あっさり忘れてしまうからね。
小さな小さなご町内だから、
見かねたお人が届けてくれもするけれど、
毎度のことともなりゃご迷惑もいいところ。

 『このお日和じゃあ、しょうがないかねぇ』
 『いっそタンスでも据えときましょうか』

なんて、
買い物帰りのお母さんたちが、
冗談交じり、そんなお喋りをしていたほどだったのが。


 いきなりの急転直下、
 木枯らし連れた寒さが
 どんとやって来たりしたものだから…


     ◇◇◇



 川の中州の小さな集落には、もはやあんまり子供がいないのと。大川の向こうの大町もまた、さほどに児童数があるわけじゃあなかったので。渡し舟の艀(はしけ)に乗って通うのに、それほど支障がなかろう高学年は、大町の小学校へ通うこととなっていて。渡し舟と言ったって、毎日のお買い物にも使われているほどの日常的なもの。どうかすれば町の中をゆくバスの一区間よりも、あっと言う間に渡れるほどの、至近な距離を繋ぐものなのではあるが。やんちゃで小さな幼子は、ほんのちょっとでも目を離すと、どこへもぐり込むやも知れぬから。親御か、せめて中学生以上の連れがいなくちゃあ、危ないから乗ってはダメとされてもいて。

 「………。」

 こちらも心なしか冷たさを増した川風に、剥き出しにした耳やらおでこやら鼻の頭やら、晒されての真っ赤にされながら。胸元へ斜めがけにしたカバンのベルト、その付け根を握って、甲板に仁王立ちしている少年がいて。寄り道もしないでいつもいつも、大体は定時の便へと乗り込む男児であり。艀を操る職員のおじさんたちからも、ああもうそんな時間かなんて、時計代わりにされてるくらい。高学年なら必須のはずな学校の課外活動も、こっちの里の子らには…冬場など帰り道も暗くなるだろからと、厭なら参加せずともよしと特別に免除されてもいるので、それで可能な早あがりでもあるのだろうが、

 「あのくらいの坊主なら、寄り道したい盛りだろうにな。」
 「大町のほうには
  本屋だの玩具屋だのコンビニだのもあるこったし。」

 買い物するのでなくたって覗いてきたい賑わいだろうし、向こうの子らに友達もいように。この艀を使うようになった最初からのずっとずっと、いつも決まった時間というの、
律義に守る坊主なのはどうしてかと言えば、

 「だってほれ、あの腕白のお気に入りだし。」

 毎日同じ艀で帰ってくる彼を、そちらさんもまた毎日同じように出迎えに待ってる坊やがいる。雨が降ろうが雪に…なった日はさすがに、親御が止めるか時々いないこともあったようだが。それでも毎日、お迎えにくる坊やがいて。

 『ゾロっ、お帰りっ!』

 愛らしいお顔を朗らかな笑みでくちゃくちゃにして、そりゃあもうもう嬉しそうに飛びついては。あんなあんな今日はなと、さして代わり映えのしない、でもでも、このお兄ちゃんがいなかった間の今日の出来事を、面白おかしく話して聞かせる元気な坊やなの。知ってる人には結構有名な、もはや名物になりかけているほどだから。あんまり愛らしい弟分だから、そんな彼を待たすわけにもいくまいと、

 「そっか、それなら律義になりもすっか。」

 あの年で新婚家庭の亭主よろしくの、定刻帰宅を続けているのはそんなせい。勿論、出迎えが無いならないで、背条を延ばしたまんま家のある方へさくさくと歩んでゆく彼で。そうしてそして、今日はといえば。

 「…………。」

 よく晴れた陽射に白く乾いた船着き場。風の中、やっほいと飛びついてくる小さな影は無く。珍しくも“そんな日”だったようだけど。何事もなかったかのように、艀から降り立った坊やの進む先が、あれあれ? いつもの方角とは違ってて。外遊びへも実はあんまり、付き合いのいいほうではないこちらの坊やは、自分のお家の道場で竹刀を振るのがホントの日課。お迎えがないならないで、真っ直ぐ帰ってそのまま道場へ向かうのが常だのに。坂の上だと坊やのお家だ。時折吹きつける風にあっては、ジャンパーの襟元へ先がくっつくほど、まだまだ小さい顎をひきつつ。凛々しい足取りで、やはりさくさくと登っていって。そのまま辿り着いたは見慣れた一軒家。門柱の脇にキョウチクトウの植わった短い前庭を進み、

 「こんにちは〜。」

 ガラス格子の引き戸がはまった玄関で、かっちりとしたお声を掛ければ。は〜いというお返事とそれから、軽快なスリッパの足音がして。

 「あら、ゾロくん。」

 こちらの男所帯の家事一切を切り盛りしている、マキノさんという女性が顔を出す。しかも今日はそれだけじゃあなくて。そのすぐ背後から、

 「ゾロっ、お帰りっ!」
 「あ、こらルフィ。」

 土間まで飛び降りかねない勢いの坊やを、手慣れたもんで片手でひょいと捕まえたマキノさん。

 「お外に出ちゃダメでしょう。」
 「こんくらいは“お外”じゃないやい。」
 「それでも。」

 実は実は、坊やが通う小さな中州の小学校は、昨日から“学校閉鎖”という事態に陥っており。

 『まあ、全体の人数が少ないからねぇ。』

 急な冷え込みに、川風慣れしているお元気な和子たちもやられたか。それでも数にするなら、1つしかない一年生のクラスで、4人ほどが休んだだけなのだけれど。率で計上すれば立派に学級閉鎖を求められる様相であったため、大事を取ってと休みにしたところ。あとは二年生と三年四年しかいない小さな学校は、各クラスの欠席者も集計した結果、何と学校閉鎖に値する罹病率になってしまったんだとか。

 「オレは何ともないのにさ。」

 お元気が有り余ってるらしく、ぷぷ〜いと頬を真ん丸に膨らませる坊やだが、

 「バ〜カ、
  だから外に出ちゃあいけないんだろうが。」

 万が一、インフルの方とか伝染(うつ)されたらいけないから、家で大人しくしてろって意味だろうに、と。仲良しのお兄さんにまで窘められている始末。とはいえ、こちらのお兄ちゃんもまだ小学生には違いなく。

 「オレは、学校で予防接種しました。」
 「そうなの、今年は早いのね。」

 そういや昨年は、新型インフルのワクチンが足りないんじゃないかと大騒ぎになったのよね。今年はどうなのかしら、季節性のと混合になったのかしらと。小さなお兄さんがやたらしっかり者だったせいか、ついつい困ったわというお顔になったマキノさんだったけれど。

 「ゾロっ、サンジんトコでもらってきたか。」

 捕まえたまま懐ろに抱えていた腕白さんが、嬉しそうに上げたお声に“???”と小首を傾げてしまったその鼻先へ、

 「これ。」

 ずいと差し出されたのが、四角くて頑丈そうな化粧箱。真四角な形といい、天井部分に持ち手を起こせるようになっているところといい。何より、ここいらには1つしかなく、しかもそれは美味しいとあちこちでも評判の、大町のケーキ屋さんの包装紙で包まれていることといい。これって間違いなく、

 「ケーキ?」
 「そうだっ!」

 差し出した人より先、はっきりとお答えくださったそのまま、にゃは〜と微笑った坊やの手が伸びたのから、何とか避けさせながら受け取ったものの。

 「…これってお誕生日用よね?」

 ウチの顔触れに、この何日かでお誕生日な人っていたかしら。ああそうだ、このゾロくんが確か…と、思い出したのとほぼ同時、

 「ゾロの誕生日だからな。
  オレが“しゅっせばらい”でたのんでやった。」
 「ルフィ?」

 シャンクスが置いてったケータイで、サンジんチに電話掛けたら、あのヒゲのじーちゃんが出てな。

 「じーちゃんトコで一番美味しい
 “しょーぶけーき”くれって言った。」

 予約もなしでとはごーきだのって言われたから、払いも大っきくなってからだって言ったら、もんの凄い大きい声で笑ってからな。

 『判った判った。どんだけ出世するかが楽しみじゃ。』

 そう言われたぞ、どうだまいったかと、胸だけでは足りずのお腹まで張って大威張りな坊やだったのへ。

 「あらあら・まあ…。」

 あわわ何てことをと、さしものマキノさんも久し振りの大きいやんちゃへビックリしたものの。

 「………っ☆」

 あらあら、ゾロくんも訊いてなかったのね、何でこんなお使いさせるかなって顔でいたのにねと。この小ささから既に、頑迷そうな生真面目そうなお顔でいる剣豪さんが、ぱかりとお口を開けてしまった“びっくり”のお顔へこそ、クスクス笑いが止まらなくなったお姉さん。

 「それじゃあ、
  ウチでのハッピバスデイに、
  まずは付き合っていただかないとね。」
 「いや、あの…。」
 「そうだぞっ。
  ゾロんチのは、帰ってから後でゆっくりやれっ。」

 ケーキだけじゃないぞ、俺もおやつを半分ずつ、まいんち残してためてたからと。お菓子の類も揃っていると言いたいらしかったものの。いやいや それはやっぱり、食べ残しみたいなもんだからいけませんと。マキノさんがそれは手際よくも、カリカリめのワッフルを焼いてくれて。まずは3人で、もしかせずとも一番乗りのおめでとうなと、ケーキにロウソク立ててのお祝いをすることとなった、小さな剣豪さんの十ン年目のお誕生日だったそうでございますvv
 

いや、ゼフさん渾身の作品はもっと豪華なんでしょおが…

HAPPY BIRTHDAY! ZORO!!




  〜Fine〜  10.11.11.


  *まずは、無難に“子ゾロルヒ”で、おめでとうvv
   つか、何でしょうか、この急な寒さは。
   これで例年並みなの?
   じゃあやっぱり今までがまだまだ妙だったのね。
   学級閉鎖って、確か“何割休んでいるか”で決めたと思うのですが、
   だとしたら、こちら様みたいな小さな学校じゃあ
   あっと言う間に“学校閉鎖”になるんじゃあと思いました。


  
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